大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和43年(ワ)657号 判決

原告

垣木キヨ

代理人

今堀孝人

被告

大久保武雄

被告

株式会社京都工芸

代理人

奥村文輔

外二名

主文

被告両名は各自原告に対し、金六、三九二、三三九円およびこれに対する昭和四三年五月三〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告について生じた分はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告らの負担とし、被告らについて生じた分は、いずれもこれを三分し、その各二を、当該被告の負担とし、その各一を原告の負担とする。

原告において金六〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、原告勝訴部分に限り、被告両名に対し、仮執行ができる。各被告において金三、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、当該被告は、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一、訴外垣木康宏が昭和四二年一〇月一二日午前〇時五分頃、京都市伏見区深草綿森町四一番地先国道二四号線において、交通事故に遭つて死亡したことは当事者間に争いがない。右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、被告大久保武雄は、昭和四二年一〇月一一日午後九時頃から同日午後一一時三〇分頃までの間酒場等三か所位で飲酒、酩酊して、注意力が散漫となつていたのに、同年同月一二日午前〇時五分頃、被告車を運転して制限速度時速四〇キロメートルの国道二四号線を時速約五〇キロメートルで前方を注視することなく、南進し、京都市伏見区深草綿森町四一番地先にさしかかり、折柄、右道路前方の東側車道の外側線附近を、真すぐに南に向つて歩行中の、訴外垣木康宏を約6.6メートルの至近距離に接近して始めて気付き、何らの措置を講ずることができないまま、被告車の左前部を右訴外人に追突させて、右訴外人を、同所東側の側溝に転落させて本件事故を発生させ、もつて、右訴外人に、頭蓋骨々折、脳挫傷、甲状軟骨および第六頸椎骨々折、骨盤骨折、脾臓および肝臓破裂、右脛骨々折等の重傷を負わせ、右訴外人をして、同年同月一二日午前一時頃前記綿森町四一番地山亀青果市場前下水溝において死亡させたものであることを認めることができ右認定に反する〈証拠〉は、たやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はない。

二、自動車を運転するものは、制限速度を遵守しなければならないことは勿論、前方を注視して、歩行者等の早期発見につとめ、これとの接触事故の発生を未然に防止する注意義務を負い、飲酒酩酊して注意力が散漫となつているときは、その回復を待つて運転しなければならない注意義務を負うものと解すべきであるのに、前項の認定事実によれば、被告大久保武雄は、右各注意義務を怠つて、被告車を運転したため、本件事故が発生したものであるから、本件事故は、右被告の過失によつて惹起されたものであるといわなければならない。そうすると、右被告は、不法行為者として、本件事故により訴外垣木康宏が死亡したことによつて生じた損害を賠償しなければならない。

三、〈証拠〉を総合すれば、被告大久保武雄は昭和三九年頃から被告会社に雇われ、被告会社の工員の指導監督業務を担当し、右業務の必要上、昭和四二年一月より被告会社から被告会社所有の被告車の貸与を受け、自ら被告車を運転して、これを被告会社の前記業務の用に使用するは勿論、被告大久保武雄の通勤用にも使用することを許されていたものであるところ、昭和四二年一〇月一一日被告車を運転、使用して、被告会社取締役訴外横内昭一とともに、被告会社の仕事でその得意先に赴き、同日午後八時四〇分頃、右仕事を終え、右訴外人とともに京都市内の四条木屋町附近に到り、同所の酒場等三か所位で同日午後一一時半頃まで飲酒した上、右訴外人と別れ同日午後一一時五五分頃、被告車を運転して、右酒場附近を出発し被告大久保武雄の自宅に帰る途中本件事故が発生したものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、被告会社は本件事故の際、被告車に対する運行支配を喪失していたものということはできず、被告会社のために被告車を運行の用に供していたものとして、本件事故により訴外垣木康宏が死亡したことによつて生じた損害を賠償しなければならない。

四、〈証拠〉を総合すれば、訴外垣木康宏は昭和三九年一〇月頃以降株式会社ジーチーサンに商業デザイナーとして勤務し、右会社から昭和四一年一〇月一日より昭和四二年九月末日までの一年間に、計金四七五、八四〇円の給与を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

訴外垣木康宏の生活費が、右の当時一年について金一九〇、三三六円であつたことは原告の自認するところであり、現在の社会通念よりして、相当であると認められる。そうすると、右訴外人の右一年間における純収入は右差引金二八五、五〇四円であつた。

〈証拠〉によれば、訴外垣木康宏は昭和一五年一一月二八日生にして、本件事故当時において、二六才の健康な男子であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。厚生省作成の第一一回生命表によれば、二六才の男子の平均余命は四五年であることが認められるので、訴外垣木康宏が本件事故で死亡しなかつたならば、七一才位まで生存したであろうことが推測できる。

右訴外人の前記職業よりして、右訴外人は、本件事故によつて死亡しなかつたならば原告主張のとおり、本件事故時から、なお三七年間、前記職業に従事し、その間一年について金二八五、五〇四円の純収入を得ることができたものであるということができ、従つて本件事故によつて、三七年間一年間について金二八五、五〇四円の得べかりし収入を喪失したものということができる。

右逸失利益の現価を算出するについて、本件は三七年もの長期にわたるものであるから、ホフマン式計算法によることは適当でないので、ライプニッツ式計算法によつて、年五分の割合による中間利息を控除し、本件事故時における価格を求めれば金四、七七一、一三九円となる。

それで、訴外垣木康宏は、被告らに対し、右金四、七七一、一三九円の損害賠償債権を遺して死亡したものであるということができる。

五、〈証拠〉によれば、原告は訴外垣木康宏の母にして、右訴外人は妻子なくして死亡し、その死亡当時、その父は既に死亡していたことが認められるから、特別の事情の認められない本件においては、原告は、右訴外人の唯一人の相続人にして、右訴外人の死亡によつて、右訴外人が被告らに対して有していた右金四、七七一、一三九円の損害賠償権を相続したものということができる。

被告らは、原告の平均余命が右訴外人の稼働可能期間三七年より少いから、原告の平均余命を超えた部分の請求は失当である旨主張するが、右金四、七七一、一三九円は原告が蒙つた損害ではなく、右訴外人が蒙つた損害にして、原告の平均余命には関係がないものであるから、被告らの右主張は採用できない。

六、〈証拠〉を総合すれば、原告は、訴外垣木康宏の母として、昭和四二年一〇月一二日から同年一一月二八日までの間に、右訴外人の葬祭を主宰しその費用として計金二八〇、七三四円を支出したことが認められ右認定に反する〈証拠〉は、たやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はないが、右認定にかかる葬祭費金二八〇、七三四円中金一五〇、〇〇〇円が本件事故による訴外垣木康宏の死亡と相当因果関係に立つ損害と認めるを相当とする。

然し、〈証拠〉によれば、原告は右葬祭費中金七八、八〇〇円は訴外垣木康宏が、その生前勤務していた株式会社ジーチーサンにおいて支払われたことが認められ右認定に反する〈証拠〉はたやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はないので原告は訴外垣木康宏の本件事故による死亡と相当因果関係に立つ葬祭費として残金七一、二〇〇円を負担し、同額の損害を蒙つたものということができる。

七、原告が本件事故による訴外垣木康宏の死亡によつて蒙つた精神的損害の慰藉料は、本件に顕われた諸般の事情を考慮して金五、〇〇〇、〇〇〇円とするを相当とする。

被告らは、原告が、右慰藉料を銀行預金して得る毎年の利息金より原告の一年分の生活費を差引いてもなお余剰を生ずるので、不当である旨主張するが、慰藉料は原告の生活費として支払われるものではないから、被告の右主張は採用できない。

八、〈証拠〉を総合すれば、原告は昭和四三年五月一日弁護士今堀孝人に対し、本件訴訟の提起とその追行を委任し、その頃、右弁護士に対し着手金として金五〇、〇〇〇円を支払いずみにして、報酬として、原告が被告らから、現実に損害金を取得したときその金額の一割に相当する金額を支払う旨を約したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実に本件事案の難易、審理の経過その他本件に顕われた諸般の事情を斟酌するときは、原告の支払つた右着手金五〇、〇〇〇円は、本件事故による訴外垣木康宏の死亡と相当因果関係に立つものということができるが、右認定にかかる約定の報酬支払義務は、原告が現実に被告から損害金を取得したときに始めて、発生するものにして、本件口頭弁論終結時においては、未だ発生しておらず、従つて原告は、未だその損害を負つていないものといわなければならないから、原告の弁護士費用の請求中右金五〇、〇〇〇円を越える部分は失当である。

九、右第五項の損害金四、七七一、一三九円、右第六項の葬祭費残金七一、二〇〇円、右第七項の慰藉料金五、〇〇〇、〇〇〇円および右第八項の弁護士費用金五〇、〇〇〇円を合せれば金九、八九二、三三九円である。

一〇、原告が本件事故によつて訴外垣木康宏が死亡したことについて、被告大久保武雄から金五〇〇、〇〇〇円、同和火災保険株式会社から自賠法に基づく保険金三、〇〇〇、〇〇〇円計金三、五〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたことは原告の自認するところであるから、前項の金九、八九二、三三九円から右金額を控除するときは、残金六、三九二、三三九円となる。

一一、よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、被告両名に対し各自(被告両名の原告に対する関係は不真正連帯債務である)右金六、三九二、三三九円およびこれに対する損害発生のあとにして本件訴状副本が被告らに送達された日の翌日であること記録編綴の郵便送達報告書によつて明らかな昭和四三年五月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲内においては相当であるから、これを認容し、その余の部分は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行およびその免脱の各宣言について同法第一九六条第一、三項を各費用して主文のとおり判決する。(常安政夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例